名古屋高等裁判所 昭和28年(ネ)10号 判決 1953年7月15日
原告 沢田寿衛
右代理人 長尾文次郎
被告 厚見村農業委員会
被告 岐阜県農業委員会
右指定代理人 小島賢
<外一名>
主文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
理由
まづ本訴の適否を検討する。原告は別紙目録記載農地の所有権が昭和二十四年八月二十四日遺贈により沢田けいから訴外沢田保一に移転したることを理由に該農地に関する買収計画の取消並びに訴願裁決の取消を求め、更に右農地が沢田保一の所有であることの確認を求めているのである。而して沢田けいの相続人たる原告が遺贈義務者として又右農地の登記簿上の名義人として本訴を遂行しているのであることは弁論の全趣旨に徴して明らかである。そこで取消請求についてみると、該農地の登記簿上の名義人である原告は、遺贈義務者として、受遺者沢田保一に対し、右農地について所有権移転登記をなすべき義務があり、これを怠れば受遺者より損害賠償の請求を受ける虞れがあるので遺贈義務者として買収計画の取消を得た上、受遺者に対し所有権移転登記をなす必要があるから、該農地について取消訴訟を提起するに法律上の利益があると解せられる。従つて原告の本訴取消請求は適法である。次に確認請求についてみるに、原告において該農地に関する買収処分の取消を得れば原告の前記法律的地位の危険不安を解消しうるのであつて、ことさらに右農地が第三者である沢田保一の所有であることの確認を求めるについて法律上何等利益を有しないと謂うべきである。従つて原告の確認請求は訴の利益を欠き不適法を免れない。
そこで原告の取消請求の本案について按ずるに、訴外亡沢田保蔵、同沢田万次郎、同沢田けい及び原告の続柄が原告主張の通りであること、右万次郎が原告主張の通りの経過で別紙目録(二)記載農地を取得し同目録(一)記載農地を所有せること、右けいが原告主張の通りの経過で同目録(一)(二)記載農地の所有権を取得したこと、同人がこれを昭和二十四年八月二十四日沢田保一に遺贈し同月二十八日沢田けいが死亡したこと、被告厚見村農業委員会が昭和二十六年十月十三日右農地をけいの相続人である原告の所有なりと判定し、且つ自作農創設特別措置法第三条の規定によつて買収すべきものとし買収計画を樹立したこと、これに対し同月二十二日原告から異議の申立をしたが却下されたこと、同月三十日更に同人より被告岐阜県農業委員会に対し訴願の申立をなしたが昭和二十七年一月三十日同庁は訴願棄却の裁決をなしたものであることについては当事者間に争がない。そこで先づ遺贈による農地の所有権の移転について農地調整法第四条に規定する県知事の許可を要するものか否かについて判断する。農地調整法(昭和二十四年六月二十日法律第二一五号)第四条(同法施行令第二条を含む)によれば、農地の所有権を移転する場合は都道府県知事の許可を有効要件としているがそれは該移転が同法の目的である耕作者の地位の安定及び農業生産力の維持増進を図る上において適当であるかどうかを知事をして審査判断させ、よつて右目的に添う如く農地の移動を監督統制し、もつてこれが達成を期せんとしたものである。而して他に右許可と同一視出来るような監督の方法がある場合は、更に知事の許可は必要でないから同法第五条においてかかる場合を列記してこれ等を右第四条の適用から除外した。従つて、農地の所有権を移転しようとする場合、それが第五条の除外事由に該当しないかぎり総て前記知事の許可を受けなければその効果を生じないものと謂うべきである。なお、同法第四条に所謂所有権の移転は、前記のような同条の趣旨から見て、単に契約乃至は双方行為に基因するものに限定されるものでなく、前記除外事由に該当するものを除いた総べての場合を含むものと解すべきである。従つて遺贈の如く相手方ある単独行為の場合でも等しく同条の適用があると言わなければならない。ただそれが包括遺贈である場合、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するから遺言者の一身に専属するものを除き債務をも含めて一切の権利義務を承継し、他に相続人又は包括受遺者があるときは、これ等の者との間には恰も共同相続人におけると同一の法律関係を生ずるものであるから、唯一の包括受遺者が農地所有権を承継する場合は相続人による相続の場合と同じく前記知事の許可を要しないことは当然であり、他に相続人又は包括受遺者があり共同相続人として遺産の分割により農地所有権を承継する場合は同法施行令第三条第七号に該当するものとしてこれまた知事の許可を必要としないのは明白である。これに反し特定遺贈における受遺者は相続人と同一の権利義務を有するものでなく、また共同相続人としての法律関係を生ずるものでもなく、これを除外する規定のない以上、前記知事の許可を要するものと言うべきである。従つて農地の特定遺贈にあつては遺贈義務者又は遺言執行者が農地調整法第四条の知事の許可を得たるとき、はじめて遺贈の効力が発生するものと解しなければならない。即ち特定遺贈の物権的効力が右の限度において制約を受けなければならぬのは、農地調整法の目的達成のため契約の自由が制約を受けるのと同一である。然るに本件においては、沢田けいより沢田保一に対する別紙目録記載農地の遺贈が特定遺贈であること、右特定遺贈について農地調整法第四条の許可がないことは成立に争のない甲第三号証の一の記載並に弁論の全趣旨により明かであるから、右農地所有権の移転は効力を生ぜず、沢田けいの相続人である原告の所有に属するものと言はなければならない。従つて被告の(1)の主張につき農地買収に関し民法第百七十七条の適用があるか否やを論議するまでもなく、本件農地は原告の所有に属すとしてなした本件買収計画並びに裁決に違法の点はないからその取消を求める原告の請求は失当であり、原告の確認の請求は不適法であるからいづれもこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤淳吉 裁判官 小淵連 小沢博)
<以下省略>